『ことばを学ぶとはどういうことか: 外国語学習の本質 (ちくま新書, 1905)』
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出版社 : 筑摩書房
発売日 : 2026/3/11
ISBN:4480077340
ネイティブみたいに
話せなくて
大丈夫!
“正しさ”や“努力”にとらわれない、
言語学習サイコウ(再考・最高)。
外国語の学習は、多くの人に「良いこと」と信じられているが、正しい発音や流暢さ至上主義、ネイティブ志向、努力神話……等、学習者に劣等感や罪悪感を生む「呪い」も孕んでいる。
本書はそうした言語学習の副作用を指摘し、言語やことばをインストールできるシステムではなく、社会的な活動のための人間らしい営みとして捉えなおす。
ことばは硬直したものではなく、流動的で柔らかく、世界の見え方を歪めも解放もする存在である。
学習者が自由に、そして幸せに学び、より豊かな世界をつくるための方法論を探る。
もっと自由に、幸せに「学ぶ」ために
──「ことば」との関係を考える
===
【目次】
はじめに ―― 本当はこわい言語学習
序 章 「ことばを学ぶ」を考える前に
第I部 言語学習の呪い
第1章 ことばは「もの」という呪い
第2章 「理想の話者」の呪い
第3章 レベルの呪い
第4章 ネイティブの呪い
第5章 正しさの呪い
第6章 言語学習の呪いから自由になるために
第II部 ことばを学ぶという希望
第7章 ことばは「つながり」を育む
第8章 日常のことばの活動を豊かにすること
第9章 ことばの汽水域を育む
第10章 創造的なことばの活動ができるようになること
第11章 ことばの冒険者・旅人になる
第12章 ことばを学ぶとは、社会を変えること
終 章 ことばを学ぶとはどういうことか
あとがき
注
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"その理想像に至ることが幸せだと信じこませ、上手に階層化し、上昇志向を喚起し、しかも簡単には達成できず、達成できないうちは不幸だと感じられるような呪いが、世界にはいろいろあります"
『言葉を学ぶとはどういうことか』(松田真希子)
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